会社がない!

目が覚めたら、会社がなくなっていた。その世界は、幸せか不幸せか?

ステーキな夕食

「し、しかし、そんなので本当にやっていかれるのか?」

自分でもうるさい質問だとわかりつつも、不安が収まらず、再び確認してしまう。

 

認知症と診断され働けなくなった私と、小学三年生になる長男というお荷物を抱え、妻と高校一年生の長女の労働時間は、ともに4時間だという。

どう考えても、その程度の労働時間で、4人家族を養えるわけがない。

 

しかし妻も長女も、生活に追われている様子はない。

むしろ、記憶にある彼女らより、鷹揚というか、ゆったりと楽しんで暮らしている感じだ。

 

私は彼女らがつくっている料理に目をやる。

調理カウンターの上には、洋食のときに使う平皿が4つ置かれ、その上には、付け合せのマッシュポテト、ブロッコリー、レタス、トマトがのせられている。

そしてその奥の流し台に置かれたまな板の上には、まだ焼かれていないステーキ肉が4枚。

 

生活困窮者が食する夕食でない…。

というか、このような豪華な献立は、私の稼ぎで家族を養っていた頃は、誰かの誕生日や結婚記念日などの特別な日にしかなかった。

 

「今日は、何かの記念日だったけ?」と私は訊く。

 

「普通の日よ」妻は答え、首をかしげる。「何で?」

 

「いやなに、今日はステーキだからさ」

 

「ああ」妻は合点したようで、笑顔で頷きながら答えた。「あなた今朝から何も食べてないでしょ。いろいろあって疲れてもいるだろうし、ちょっとスタミナのつくものにしたのよ」

 

「そ、そうか、ありがとう」妻の優しさに感動し、涙腺が緩む。私は目尻に感じた涙を瞬きで消しながら言う。「でも、こんな豪華なもの、無理しなくてもいいぞ」

 

「無理じゃないわよ」妻は笑顔で返して、長女に訊く。「ねぇ」

 

「そうよ、全然無理じゃない」

長女も笑顔で頷いた。

 

 

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