会社がない!

目が覚めたら、会社がなくなっていた。その世界は、幸せか不幸せか?

晩メシの記憶

認知症であることを演じるために、意図的に「晩メシ」を「朝メシ」と言い間違えてみせたにも関わらず、驚いたことに、妻は夕食の時刻に朝食を作っているという。

 

そんな馬鹿な話があるかと思い、私は長女にも同じ質問をふった。

すると、長女までもが、妻と同じ返答をするではないか。

 

もしや、思いっきり寝過ごして、翌朝になってしまったのか…。

私は動転し、台所の壁に掛かっている時計に目をやる。

 

時計の針は、5時20分を指していた。

 

出勤時刻が早い私に合わせて、我が家の朝食の時刻は午前6時10分頃(私だけ先に食べるのだが)が常だ。

妻はその支度のために、午前5時には起きる。

なので、この時刻に朝食を作っていてもおかしくはない。

 

だが、私は頭の病で会社に行かない(というより、今朝?昨朝?目が覚めたら、会社がない世界になっていたので、会社に行けないのだが…)ので、朝食の時間は他の家族が食卓に揃う6時半頃になるはずだ。

 

となれば、朝食の支度をするには、少々早すぎる。

 

私は更なる判断材料を求めて、時計から、キッチンのすりガラスに視線を移した。

窓からは、朝焼けだか、夕焼けだか、わからない薄い茜色の陽が射している。

 

私はいまが朝だか、夕だか、ますますわからなくなった。

 

これじゃ本当に認知症患者の発言になってしまう、とためらいつつ、「オレ、晩メシ食べたっけ?」と妻に訊く。

 

「えっ!」妻は目を大きく見開き、声を震わせる。「覚えてないの?」

 

「食った記憶はないのだが…」

 

「そりゃそうでしょ」妻は力の抜けた笑いを漏らしながら言った。「夕ごはん、これからなんだから」

 

「はぁ!?」私はわけの分からぬことを言う妻に腹が立ってきて、大きな声をあげた。「じゃ、なんでいま朝メシつくっているんだよ!」

 

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