会社がない!

目が覚めたら、会社がなくなっていた。その世界は、幸せか不幸せか?

最初の演技

夕食の時刻まで恐らくあと30分。

 

グル〜スピー!

食欲旺盛な青春時代以来、聞いた記憶がない高らかな腹の虫が鳴った。

 

昨夜から何も口にしていない私は、そのわずかな時間も待てないほどの激しい空腹感に襲われたのだ。

 

しかし病人を装っている身である。

「腹が減って死にそうだから、早く飯にしろ」などという催促ができるはずもない。

 

いや、待てよ、と私は思った。

 

病人は病人でも、私のかかっている(と、されている)病気は、認知症認知症診断テストでもMRI検査でも異常なしとでたが、現状をまったく認知できない状態なので、その恐れがあると診断された)である。

 

認知症ならば、食事を終えたばかりなのに、食事したのを忘れ、食事を催促するのは、不自然は話ではない。

いや、不自然な話どころか、私が認知症であることを妻に認知させるには、絶好の機会である。

 

となれば、ただ「メシはまだか」では、能がない演技だろう。

夕食の時刻が迫っているこのタイミングで、台所で夕食の支度をしているであろう妻のもとへ行き、「メシはまだか」とボケてみせても、それは単に空腹にまいっている正常な成人男性にすぎなくなるからだ。

 

では、「メシ」の前に「朝」をつけてみてはどうだ、とひらめいた。

 

家族の前で冗談ひとつ言わない私であるが、ボケの演出としては、正常から最も遠いことを言うのが、ボケを演出する最も効果的な手法であることぐらいのことはわかる。

 

となれば、「晩メシ」から最も遠い「朝メシ」を選択するのが、最もインパクトのあるボケ方であろう。

 

我ながらいい案を思いついたとほくそ笑み、とっさに思いついたパジャマの上着のボタンを違える演出をも加え、私は意気揚々と寝室の外へ出た。

 

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