会社がない!

目が覚めたら、会社がなくなっていた。その世界は、幸せか不幸せか?

オレまで…

「お、おまえ、いつ結婚を?」

そう言いつつ、私は弟の左手に視線を落とす。 

ヤツの左手の薬指には、結婚指輪がつけられていた。

 

「なに言っているんだよ」弟の表情は、ギョッとしたものになる。「アニキだって、結婚式に出席したじゃないか…」

 

「そ、そうだったな…」

ロクデナシな弟には見下されたくないというプライドから、私はつまらない嘘をついてしまった。

 

「しかし、おまえよく結婚できたな」私は空元気をだして言う。「ほら、バイトぐらしで、生活も安定してないだろ」

 

「バイトぐらし?」

弟は眉間に深いしわを寄せ、首を傾げる。

 

えっ、意味が通じないのか? 

 

「つ、つまり、ちゃんと働いていないってことさ」

この世界に住む人に通じない“会社”という禁句をつかえないため、弟の質問に対する私の返答は、ピントのぼやけたものになる。

 

「ちゃんと働いていないってのは、どういうことだよ」

気に障ったのか、弟は喧嘩腰になる。

 

「そ、それは、終身雇用でないというか、要するに契約で雇用されている不安定な身分だってことだよ」

 

「はぁ?」弟の語気は一層荒々しくなり、傾がった首は肩につくほどになる。「そんなのアニキだって同じじゃないか。て言うか、みんな同じだろ。それに、終身雇用って何?」

 

「へっ!?」

声ともため息ともつかない、脱力した音が喉から漏れた。

 

オレが、契約社員…。

身分がペットから野良犬に落ちたような、たとえようのない心細さが私を襲う。

 

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