会社がない!

目が覚めたら、会社がなくなっていた。その世界は、幸せか不幸せか?

打ち消される希望

すがるような思いで、病院の休憩コーナーにいる患者たちを見回していると、50代前半くらいの白髪頭の男性が私にむかって手をあげた。

 

「よお」

頬骨のつきでたその男性は、人懐っこい笑顔を浮かべて言った。

 

「ええと、どうも…」

戸惑いながらも、知り合いだったら失礼に当たると思い、私も笑顔を返す。

 

すると、その男性の笑顔は、ろうそくの火を息で吹き消すように、さっと消えた。

そして不思議そうな目で私を凝視したが、5秒もすると、私の頭越しに冷たく視線をそらし、それから笑顔を回復させて言った。

「よお、退院が決まったんだって」

 

「お陰さまで、ようやくだよ」私の頭の後ろから、男性の明るい声が聞こえた。「でも退院しても、待っているのは、カイシャさ、カイシャ」

 

「えっ!」

カイシャという言葉に激しく反応した私は、声のしたほうに顔を急旋回させる。

 

「えっ!」

男性は驚いた様子で、大口をあけた。

声をかけた男性と同年輩くらいだと思うが、前の歯がところどころ抜けているので、もっと老けているようにも見える。

 

「すみません」私は席を立ち、一礼してから訊いた。「カイシャって言いましたよね」

 

「ええと…」

男性は困惑した表情で、言葉をつまらせる。

歯のない隙間から息が漏れて、慣れない子供が吹く笛のような音がした。

 

「カイシャですよ、カイシャ」

待ちきれなくなった私は、耳の遠い年寄りに話しかけるように、大きな声でゆっくりと繰り返す。

 

すると、男性は突然、ハフハフと笑いだした。

「申し訳ねぇ」男性はあいた口のなかを指差して答えた。「このとおり歯抜けで滑舌が悪いものだから、別なものに聞こえたんだなぁ。オレが言ったのは、ハイシャさ。ハイシャ。入れ歯の調子が悪くってよ、早く行きつけの歯医者に診てもらいたくって、ウズウズしてたのさ。ところでカイシャって、何だい?」

 

「はぁ〜っ」

私の腰は、爆破でビルが崩壊するようにイスの上に崩れ落ちた。

 

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