会社がない!

目が覚めたら、会社がなくなっていた。その世界は、幸せか不幸せか?

やっぱりおかしい

 

返答にこまって泳ぐ私の視線は、妻の枕元におかれた雑誌に止まった。

それは、園芸に関する雑誌だった。

 

その雑誌を見て、妻がバラを漢字でかけた理由がわかった。

 

その理由を順を追って説明すると、

妻は園芸に趣味をもった(今まで知らなかったが)→それでバラに興味をもち、棚の上に置かれた、あの鉢植えのバラを買った(これも今朝はじめてその存在に気がついた)→それでバラを漢字でかけるようになった。

こんなところだろう。 

 

だから、私がバラを漢字で書けなかったからといって、妻より漢字力に劣るわけではない。

もっと言えば、私の頭がおかしくなったわけではないということだ。

 

納得できる理由を見つけ、私はほっと胸をなでおろした。

 

気分が落ち着いて、その存在すら忘れていた置き時計に目がいった。

 

「ヤバ…」

私の心臓は再び高鳴った。

 

あと五分で家を出なければ、完全遅刻だ。

朝食なんて食べている暇はない。

ええぃ、朝食なんてどうでもいい。一食ぐらい抜いたって死ぬわけじゃないし。

手間のかかる髭剃りも、今日は電気カミソリを持ち込んで車のなかだ。

 

 「いくぞ!」

時間をかけなければ結論が出そうにない、妻と私のどちらがおかしいか判断するのは先延ばしにすることにして、私はパジャマを脱ぎ捨てる。

 

 

「行くってどこへ?」

妻は下着姿になった私に、不審者でも見るような訝しげな視線を送る。

 

「決まっているじゃないか」返答をする時間ももったいない私は、荒々しく答える。「会社だよ。カイシャ」

 

「 カイシャって、何?」

妻は何も知らない幼子のような眼で、私に訊いた。

 

「はっ⁉」

私は驚愕で、顎が外れそうになった。

 

バラを漢字でかけるのに、カイシャがわからないだと。

コイツ、やっぱおかしい…。

 

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