会社がない!

目が覚めたら、会社がなくなっていた。その世界は、幸せか不幸せか?

打ち砕かれていく希望

「病院に行こう」

私は妻のただならぬ狂いに驚愕し、一刻も早く医者に診せなければいけないと気持ちが急いた。

 

「なんで、アタシが病院に行かなければいけないのよ」

妻は、理解不能な抽象画を見るような目で私をにらんだ。

 

妻はむしろ、私のほうがおかしくなっていると思っているに違いない。

認知機能が衰えた人間は、自分が狂っていることを認知できないのだ。

まさか、この歳で妻を介護しなければならなくなるだなんて、夢にも思わなかった。

 

私は胸が張り裂けそうな思いで答えた。

「だって、6時半がどういう時間か、まったく認知できていないようだから」

 

「だから、6時半がどうしたのよ?」

 

「オマエ、本当にわからないのか? あと5分で、オレが勤めにでる時刻になる。なのに、オマエは朝メシもつくっていない。だから、どうかなってしまったんじゃないかと、オレは心配しているんだ」

 

私がそう言うと、妻の顔色が青ざめた。

「えっ、そんな時間に出勤することになったの?」

 

やっぱりおかしい!

妻が一言返すたびに、妻が認知症であるという確信が強まっていく。

 

私は絶望のため息をついて首を振った。

「そんな時間って、急に変わったわけでも何でもない。前のとおりさ」

 

「だったら、そんなに慌てて朝食をつくる必要ないじゃない」妻は外しかけたパジャマの第一ボタンをはめ直すと、捨てぜりふを吐いた。「アナタこそ、寝ぼけているんじゃないの」

 

寝ぼけている、オレが…。

ひょっとして、今日は休日?

 

オレは置き時計の日にちの表示に目をやった。

 

7月6日(木)

 

残念ながら、定休日でも祝日でもない。

午前有休をとった覚えもない。

 

最後の確認のために、私は頬をつねった。

「痛っ」

悪夢であってほしいという願いも、見事に打ち砕かれた。

 

前へ

次へ

最初から読む