会社がない!

目が覚めたら、会社がなくなっていた。その世界は、幸せか不幸せか?

認めたくない負け

これまでの話

目が覚めると、30分も寝坊をしていた。

驚いたことに、結婚してから一度も寝坊をしたことのない妻も、となりで熟睡している。

体調でも悪いのかと心配して妻を起こすと、体は大丈夫そうだ。

しかし寝坊のせいで会社に遅刻しそうだと責めても、妻はわけのわからないことを言って、二度寝しようとする。

妻の頭がおかしくなったのか、自分の頭がおかしくなったのか、私は混乱する。

それを確かめるために、難しい漢字を書かせるテストを試みる。

驚いたことに、漢字力が私に劣り、読書家でもない妻は、事も無げに難問を解いた。

私は言葉を失う。

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驚異の急成長

これまでの話

目が覚めると、30分も寝坊をしていた。

驚いたことに、結婚してから一度も寝坊をしたことのない妻も、となりで熟睡している。

体調でも悪いのかと心配して妻を起こすと、体は大丈夫そうだ。

しかし寝坊のせいで会社に遅刻しそうだと責めても、妻はわけのわからないことを言って、二度寝しようとする。

妻の頭がおかしくなったのか、自分の頭がおかしくなったのか、私は混乱する。

それを確かめるために、テストを試みる。

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砕け散る自信

「はい、これでいい?」

妻は迷いもなく、私が求めたバラという字を書きあげると、それを私に見せた。

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「ハハハ、何だよその字、チルじゃないか」

妻が予想とかけ離れすぎた字を書いたので、私はふきだしてしまった。

 

やっぱり、おかしいのは妻のほうだったんだ…。

自分の頭が正常であったことに安堵したが、妻の頭が狂っている可能性が強まったことを思うと、笑いは一気に冷めた。

 

「なに言っているのよ。この字、バラとも読むのよ。散るってことは、バラバラになるってことでしょ」妻は心配そうな目で私を見る。「もしかして知らなかった?」

 

えっ、そうなの…。

回復したばかりの自信が、再び砕け散る。

 

 しかし、この家の主として、プライドの崩落だけは食い止めなければならぬ。

「し、知ってたさ」とっさに見栄が口から飛びでてしまった。「でも、オレが書いてほしかったバラとは違う字をオマエが書いたから、おかしくなってしまったんだよ」

 

「本当?」疑わしげにジロジロと私を見る妻。「じゃあ、アナタが書いてほしかった字って何?」

 

「アレだよ!」

私は動揺を振り払うような勢いで、棚の上の鉢植えのバラを指差した。

 

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おかしいのはどっち?

頭がおかしくなったのは、オレなのか、カミさんなのか…。

 

自分の頭脳が正常であることを確認するために、私は暗算をしてみる。

 

①55+23=78

 

②76+88=164

 

③92−34=58

 

④7✕8=56

 

⑤8✕6+22===70

 

5問目は手間取ったが、一応、計算能力(理数系じゃない)は問題がないようだったで、次に目に入ったものを漢字に変換してみる。

 

①まど→窓

 

②とけい→時計

 

③たな→棚

 

④うえきばち→植木鉢

 

⑤バラ→?????

 

ええと、どうだったっけ…。

だいたいの感じは思い浮かぶものの、細部が導き出せない(文系だったのに)。

私は棚の上におかれた植木鉢のバラを凝視しながら、あきらめずに考える。

 

「どうしたの? ウンウン唸って。やっぱりどこかおかしいんじゃない?」

背後から心配げな妻の声が聞こえてきた。

 

そうだ!

私はひらめいた。

 

ひらめいた、といっても、バラの漢字を思い出せたわけではない。

そうではなく、頭がおかしくなっていないかを確かめる方法を思いついたのだ。

 

私は、枕元に置いてある小ぶりなノートとシャーペン(私はメモ魔で、常にメモ帳とペンを携帯している)を手に取ると、それを妻の前に突きだして言った。

「おい、バラを漢字で書いてみろ」

 

「なによ、いきなり」

妻は怪訝な表情で、私を見上げる。

 

「いいから、書くんだ!」

私は、拒否は許さないぞ、という意をこめた強い口調とともに、ノートとシャーペンを妻の鼻先に近づける。

 

「うるさいわねぇ、もう…」

眉間にしわを寄せながらも、妻はノートとシャーペンを受け取る。

 

ヨシ、これで妻の頭が正常かどうか、確かめることができるぞ。

私は、妻に正解してもらいたいような、正解してもらいたくないような複雑な気持ちで(正解すれば、妻の頭脳は明晰だということになるが、答えられなかった自分は妻に劣るという話になるからだ。つまり、おかしいのはこちらという可能性が高まるのだ。といっても、バラという漢字は難しいので、答えられなくても認知症だと結論づけられないが…)、ノートにシャーペンを走らせる妻を見守った。

 

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打ち砕かれていく希望

「病院に行こう」

私は妻のただならぬ狂いに驚愕し、一刻も早く医者に診せなければいけないと気持ちが急いた。

 

「なんで、アタシが病院に行かなければいけないのよ」

妻は、理解不能な抽象画を見るような目で私をにらんだ。

 

妻はむしろ、私のほうがおかしくなっていると思っているに違いない。

認知機能が衰えた人間は、自分が狂っていることを認知できないのだ。

まさか、この歳で妻を介護しなければならなくなるだなんて、夢にも思わなかった。

 

私は胸が張り裂けそうな思いで答えた。

「だって、6時半がどういう時間か、まったく認知できていないようだから」

 

「だから、6時半がどうしたのよ?」

 

「オマエ、本当にわからないのか? あと5分で、オレが勤めにでる時刻になる。なのに、オマエは朝メシもつくっていない。だから、どうかなってしまったんじゃないかと、オレは心配しているんだ」

 

私がそう言うと、妻の顔色が青ざめた。

「えっ、そんな時間に出勤することになったの?」

 

やっぱりおかしい!

妻が一言返すたびに、妻が認知症であるという確信が強まっていく。

 

私は絶望のため息をついて首を振った。

「そんな時間って、急に変わったわけでも何でもない。前のとおりさ」

 

「だったら、そんなに慌てて朝食をつくる必要ないじゃない」妻は外しかけたパジャマの第一ボタンをはめ直すと、捨てぜりふを吐いた。「アナタこそ、寝ぼけているんじゃないの」

 

寝ぼけている、オレが…。

ひょっとして、今日は休日?

 

オレは置き時計の日にちの表示に目をやった。

 

7月6日(木)

 

残念ながら、定休日でも祝日でもない。

午前有休をとった覚えもない。

 

最後の確認のために、私は頬をつねった。

「痛っ」

悪夢であってほしいという願いも、見事に打ち砕かれた。

 

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狂った体内時計

「なによ。どうしたの?」

私が妻の肩を揺すると、妻はすぐに反応し、目をこすりながら不機嫌な声をあげた。

 

「どうしたの、って、それはこっちのセリフだ」私はホッとしながらも、妻の間抜けな返答にムッとした。「寝坊なんかしたことのないオマエが起きないから、何かあったかと心配したじゃないか」

 

「寝坊!」妻は寝ぼけ眼を見開き、慌てて時計に目を走らせた。「やだ、まだ6時半じゃない。驚かせないでよ」

 

「え!」

私は耳を疑った。

こいつ、やっぱりどこかおかしくなってしまったのか…。

 

「6時半だぞ」

私は置き時計を手にとり、妻の目の前に突きだした。

 

「そんなに近づけなくてもわかるわよ。6時半でしょ。それがどうしたの?」

 

「おい、オマエ、大丈夫か?」

さっきより、もっと大きな不安が私に打ち寄せた。

 

妻は、時計よりも正確な体内時計をもっていると家族から言われている。

しかしその妻が、私が会社に遅刻しそうになっているのになんとも思わない。

妻のカラダのどこかに狂いが生じているに違いない。

私の脳天に稲妻のような戦慄が走った。

 

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妻の異変

私の起床時刻を30分も過ぎているのに、こちらに背を向けて寝ている妻を見て、私はかなり動揺した。

私と結婚して16年、妻は一度も朝寝坊をしたことはない。 

インフルエンザで39℃の高熱がでてても、前の晩に風呂場でこけて肋骨にヒビがはいったときでも、私の出勤時間に間に合わせるために、台所に立とうとしたくらいだ。

 

その妻が、まるで死んだように寝ている。

 

いや、まさか、本当に死んでいる? 

いや、いや、昨晩は全然元気だったし、まさか、そんなことはあるまい。

 

それに、妻はまだ41歳だ。 

でも若くても、急死することが絶対にないとはいえない。 

そういえば、あいつ、最近どうも頭痛がすると言っていたな…。

 

お、おい、よしてくれよ。

おれたちには、高1の娘と小4の息子がいるんだぞ。

それに、じいさん、ばあさんの面倒は誰がみるんだ!

 

「おい、大丈夫か。生きているか!」

私は会社に遅刻する心配をすっかり忘れて、妻の肩を激しくゆすった。

 

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